ニッポン維新(96)国民主権を阻む壁―11

小泉政権が作った衆議院で三分の二を越える巨大与党は、安倍政権によって参議院で過半数を失い、ひたすら守勢に立たされる事になりました。現行憲法では参議院で否決されても衆議院の三分の二以上の賛成で再議決は可能です。しかし参議院が議決をしない場合は60日が経たないと否決と見なされない規定があります。

これを「60日ルール」と言いますが、国会には会期があるため参議院が議決をしないと再議決も難しくなるのです。福田政権は海上給油法案を再議決するため臨時国会を異例の越年延長としました。またガソリン税の暫定税率では、いったん廃止になった税率を再議決で元に戻す事になり、その度にガソリン価格が上下して国民生活は混乱しました。

さらに日銀総裁が一時空席となったように国会同意人事でも野党の同意が不可欠です。しかも参議院で閣僚や総理の問責決議案が可決されれば、参議院への出席が認められなくなり、閣僚や総理を辞任させるか衆議院解散に追い込まれる事になります。とにかく「ねじれ」で政治は混乱するのです。

一方で巨大与党は再議決が可能な衆議院三分の二を失う事を避けようとします。「ねじれ」は総理大臣の解散権まで縛りました。福田総理は自身が不人気である事から世論調査で人気のある麻生太郎氏に総理の座を譲りました。解散総選挙を考えた上での対応でしたが、麻生総理が就任直後の解散を躊躇したところから支持率は急落し、結局任期満了近くまで解散出来なくなりました。その間に自民党支持率は低下の一途を辿りました。

こうして初めての政権交代の可能性が高まります。政権交代には「ねじれ」に追い込むのが一番である事が分かりました。すると衆議院選挙が行われる2009年の初めから官僚勢力の守護神が動き出しました。東京地検と大阪地検の特捜部が民主党の小沢一郎代表と石井一副代表をターゲットに西松建設事件と郵便不正事件の捜査に乗り出しました。選挙直前に政治がらみの捜査を行う事はそれまでの検察になかった事です。どれほど官僚勢力が政権交代に危機感を持っていたかが分かります。

捜査は悪質な選挙妨害と言えますが、それを糾弾しないメディアも異常なら司法界も異常でした。これほど国民主権を馬鹿にした話はありません。しかしこの点については以前書いた事ですので繰り返しは避けます。またここにきて郵便不正事件で無罪判決が出るなど捜査の杜撰さが暴露されました。いずれ二つの事件の異様さが明るみに出ると思います。

前代未聞の悪質な選挙妨害にも関わらず、衆議院選挙で国民は初めて政権交代を選択しました。民主党308、自民党119、公明党21、日本共産党9、社民党7、みんなの党5、国民新党3、新党日本1、新党大地1、無所属6という選挙結果で、自民党は結党以来初めて衆議院第一党の座を民主党に譲りました。

衆議院の過半数は241、三分の二は320議席です。一方の参議院は過半数が122議席です。民主党は衆議院では単独過半数を獲得しましたが、参議院で単独過半数に6議席足りず、社民党、国民新党と連立を組む事になりました。衆議院ではこれに新党日本と新党大地、それに無所属の2議席を加えて与党勢力は322議席、参議院でも128議席を確保しました。政権運営は一応万全です。

ところが民主党が衆議院選挙で掲げたマニフェストを実現するためには、民主党は参議院でも過半数を上回る必要があります。逆に言えば次の参議院選挙で単独過半数を獲得しない限り、衆議院選挙で掲げたマニフェストをそのまま実現する事は出来ません。連立する各党との調整でマニフェストが修正される可能性があります。マニフェスト選挙とは何かが問われる事になりました。

問題は国民の投票が何を求めていたかです。308議席は国民が圧倒的に民主党を支持した事を示しています。国民新党や社民党の議席数とは比較になりません。その支持が民主党の掲げたマニフェストに対するものなのか、それとも自民党政権を代えたいというだけだったのか、そこが問題です。マニフェストを実現して欲しいと国民が思って投票したとすれば、残念ながらその思いは衆議院選挙だけでは実現しないのです。日本の政治の仕組みとマニフェスト選挙とがうまく噛み合わない事が分かってきました。(続く)