(83)アメリカという権力―9

バブル崩壊後の長い閉塞状況を打ち破るようなパフォーマンスで登場したのが小泉総理でした。自民党を「抵抗勢力」と呼び、自らを「改革者」と位置づけ、「官から民へ」を訴えて国民の喝采を浴びました。その小泉政権にアメリカが要求してきたことはまず金融機関の不良債権を処理する事でした。

小泉政権が誕生した時点で銀行の不良債権は34兆円近くあると言われました。アメリカから言われなくとも取り組まざるを得ない問題です。しかしアメリカは短期間に処理するよう強く要求してきます。小泉政権は不良債権処理を「加速する」方針を掲げて荒療治に出ました。金融機関の資産査定を厳しくし、中小企業などへの貸し出し額を圧縮させました。その結果、企業倒産と失業が増加して国民生活はひどい事になりました。

日本経済の混乱に乗じて米国のマネーが日本の金融機関や企業の買収に乗り出します。小泉政権は日本ではなくアメリカの企業にビジネス・チャンスを提供したのです。日本の中小企業から「貸し剥がした」金融資産が米国の株や債権に向かう事になりました。いわゆる「日本売り」が始まります。こうして小泉政権はイラク戦争で財政が厳しくなったアメリカを全面的に支えることになりました。

日米安保に「ただ乗り」して日本が金を稼ぐ時代は完全に終わりました。それとは逆にアメリカの意図通り日米安保をテコにアメリカが日本から金を吸い上げる時代が始まりました。ブッシュ大統領が「悪の枢軸」と呼んだ北朝鮮の核に対抗するため小泉政権はミサイル防衛(MD)システムの導入に踏み切ります。これには巨額の費用がかかり、しかも命中精度が不明である事からかつての自民党はアメリカの要求に首を縦に振らなかった兵器です。

さらにミサイル発射情報はアメリカに頼るしかなく、発射後2分以内でないと撃ち落とす事が出来ません。これによって日本の自衛隊は完全に米軍の支配下に置かれる事になりました。アメリカにとって小泉政権の登場は日本をアメリカの世界戦略に組み込む上で極めて歓迎すべきものでした。

そのアメリカが小泉政権に激怒した事があります。日朝国交正常化交渉を始めたからです。日朝国交正常化は日本と北朝鮮が国交を樹立する事で、日本には安全保障上の脅威がなくなり、拉致問題が解決され、一方の北朝鮮には日本から経済援助が得られるメリットがありました。

日本からの経済援助を期待した金正日総書記は、それまで認めなかった「拉致の事実」を認めて正常化交渉は前進するかと思われました。しかし頭越しに日朝が手を結ぶことをアメリカは認めませんでした。北朝鮮の脅威がなくなればアメリカが安全保障を楯に日本から金を吸い上げる事が出来なくなるからです。アメリカにとってアジアの「冷戦状態」が無くなって貰っては困るのです。そしてアジアの「冷戦」を終わらせるのは他の誰でもなくアメリカ大統領の仕事だと思っているのです。

1971年にアメリカは日本の頭越しに米中国交正常化を図りましたが、日本がアメリカの頭越しに外交を行う事は認めません。日本に独自の外交をやらせない。それが戦後アメリカの基本方針です。小泉政権はアメリカの逆鱗に触れてすぐさま方針を撤回しました。日朝国交正常化も拉致問題の解決も急速にしぼんでいきました。

アメリカが狙っているのは世界最大の債権国となった日本のマネーです。そのマネーは政府ではなく民間にあります。国家は巨額の財政赤字を抱えていますが貸しているのは国民です。政府にとって借金となる国債は国民にとっては孫子の代まで続く資産です。そして勤倹貯蓄に励んできた国民には豊富な預貯金があります。日本には1400兆円を越える資産があると言われますが、中でも300兆円の資金量を誇る郵便貯金はアメリカにとって魅力的なターゲットでした。

郵便貯金の運用は政府の手に委ねられ、国債や地方債、財政投融資などに使われて来ました。しかしこれが民営化されれば巨額のマネーが市場に出てきます。そうなればアメリカが編み出した様々な金融商品のターゲットにする事が出来ます。アメリカのマネー資本主義はその後2008年に破綻して世界を危機に陥れますが、小泉政権の時代には「市場原理主義こそ正義」で、市場原理にそぐわない運用をしている郵貯は批判の対象でした。

アメリカの要求通りに小泉政権は郵政民営化を断行しました。しかしそれは長年政権の座にあった自民党を分裂させます。冷戦が終わるまでアメリカに従属しているように見せながら経済的利益だけはしっかり守ってきた自民党が、アメリカの言いなりになる小泉政権に拒否反応を見せたのです。そこに「政治は生活が第一」を掲げる小沢民主党が登場しました。かつての自民党支持者は民主党に政権を託す気になりました。2009年の政権交代で日本にアメリカとの関係を見直すチャンスが生まれました。(続く)